略歴(前)~発症から成人期、束の間の完全回復期まで~
小児アトピーの記憶はないが、一度、母に連れられて遠い病院へ足を運んだ記憶はある。
なんとかの権威であるらしい先生に、食べてはいけないものランキングベスト5(生野菜とか牛乳とか書いてあった)を発表され、でも栄養が…と反発する母に、栄養がどうとかいう方は来ないでくださいと、厳しい言葉を発せられた場面だけがかろうじて思い出される。
帰宅後、処方された黒い色の飲み薬を飲んだが即座に吐いてしまい、それ以後、その病院へ行くことはなかった。
アトピーとして最初の自覚があるのは小学生の終わりから中学生にかけて。
手の甲に治らない炎症ができて、自分でも無意識のうちに長袖で患部を隠すようになった。
時々症状が悪化して、腕までブツブツが広がったり、無意識に内股を掻くクセができて、気づけばガサガサになっている時期があった。
この時期に発症(発覚?)したアトピーがその後、高校生になっても、大学生になっても治ることはなかった。
高校生の頃くらいからは、左手の指が黒ずんで極端に腫れ上がり、それを隠すような腕の組み方、机でのひじのつき方が習慣として身についた。
大学卒業くらいの時期に、名医と評判のとある皮膚科医に出会う。
それまでもいくつかの皮膚科に通ったことはあったが、意識的にステロイド使用を極力避けていたこともあり、病院に通ったからといって少し良い保湿剤をもらえるくらいのものだったので、すぐに通院をやめてしまうことが多かった。
けれどこのときに出会った皮膚科医のところには、結局2年間くらいは通っただろうか。
食事制限を中心とした療法で、カビのもとになる食べ物を避けつつ、まずは大炎上中の炎症を消火するためにということで、ステロイドも処方された。
それまでステロイドの使用には抵抗があったが、「副作用は使用期間と使用範囲に比例にして発生する」「短期間で集中的に使用する分には依存にならない」という説明に納得し、Strongest & Very Stongの軟膏をもらって帰った。
まともにステロイドを使用したのはほぼ初めてだったが、このときにこの魔法の薬の素晴らしさに感動してしまった。
あれだけ長年どんなことがあっても治らなかった指のひどいボッコボコでガッサガサで黒々としていた部分がものの1週間で綺麗ツルツルになった!
それどころか、直接塗布していない、ひじの内側など症状の軽い他の部位までもが同時に綺麗になっていった。
しかし、ある程度想定はしていたが、使用をやめた途端にまた元通り。
ステロイドが身体に残らないようにと、最低でも3か月以上は間を置いて使用するようにしていたが、それでも、使ってやめて、使ってやめてを繰り返すうち、以前とは比べものにならないほど酷い状態になった。
首・両腕・腹・太もも・膝の裏と、いつの間にか炎症は全身におよんでいた。
首の後ろがガサガサ乾燥しすぎて、起床と同時に首を上げるとピキッと皮膚が割れる感触。
掻きむしった全身に激痛のシャワー。
両腕、シャツの下に軟膏とガーゼを巻いて出社し、時々トイレの個室にこもって血だらけになるまで腕をガリガリと掻いた。
ステロイドは身体の依存もさることながら、精神的に依存してしまうのが恐ろしい。
なにせ、これさえ塗れば、週末の飲み会に100%の笑顔で参加できるのだ。
かたや、これを塗らなければ、唯一許された長袖タートルネックの服装で、鍋を箸でつつく際に露出する手の甲への視線を気にしながら、襟回りに付着しているかもしれない首や頭の皮膚から落ちる粉を気にしながら、飲酒による症状悪化を気にしながら乾杯のビールをちびりちびりとやらなければならない。
ステロイドの怖さは十分承知していたはずが、すっかり依存体質が出来上がっていることに気づいて愕然とし、その医師のもとへの通院をやめ、脱ステロイドを決意。
はじめのうちは地獄が続いたが、次第にステロイドを使わなくても一定の状態を維持できるようになる。
一年以上脱ステの期間を経たのち、ある夏、たしか、最後に一度だけステロイドを使って、それが契機となり、そこからぱったりと症状が出なくなった。
同じ時期に引っ越しをして環境が変わったせいか、あるいはステロイド使用中からの食事の改善が遅れて功を奏したのか(ここの要因がはっきりしないことがなんとも残念だが)、あれだけ長年苦しんだアトピーの悩みが嘘のように消えてしまった。
唯一左手の甲の指の付け根だけは常にややガサガサで炎症も見られる状態のままだったが、手を洗ったあとにそこだけ保湿をしておけば、あとは生活の中にアトピーに関することを何も気にしなくて良いレベルになったのだ。
どんなに甘いものを食べても、酒を飲んでも、夜中まで遊んでも、なんともない。
いま思えば、このときの状況をもっと詳細に記録しておけばよかった。
なにせ、ついに自分はアトピーと無縁の生活を手に入れ、もう二度とこれに苦しめられる心配は無くなったのだと、その夏から季節を一周させたくらいの頃には完全に確信するに至っていた。
後編へ。